被相続人が死亡すると相続が開始しますが、被相続人が大きな負債を抱える場合など、相続人にはその承継を放棄する権利も認められています。

ここでは、相続財産を承継するか否かを相続人が選択する制度である相続の承認・限定承認・放棄について解説します。

相続財産の承継についての相続人の選択の自由

まず、相続による財産上の権利義務の承継は、相続人の意思にかかわらず、また相続人が知っていたかどうかにかかわらず、当然に生ずるとするのが法律の建前です。

しかし、大きな負債がある場合や、たとえ積極財産が多額にある場合でもこれを受け取るのを潔しとしない場合もあります。そこで、民法は、相続人の意思によって、一応生じた相続の効果を確定させるか否かの選択の自由を与える規定を置きました。これが、以下解説する相続の単純承認・限定承認・放棄の制度です。

相続の承認又は放棄をすべき期間

民法(抜粋)

(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第915条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

第916条 相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第一項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。

第917条 相続人が未成年者又は成年被後見人であるときは、第九百十五条第一項の期間は、その法定代理人が未成年者又は成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算する。

→e-Gov法令検索(民法)

負債も含めて相続財産のすべてを相続する単純承認をするか、積極財産の価額の範囲内でのみ負債を相続する限定承認を選択するか、すべての相続財産の承継を放棄するかは、相続財産を調査してでなければ判断が困難であること、また一方で権利関係の早期確定の要請から、民法は3か月の熟慮期間を規定しています。

では、その3か月の起算点はいつなのでしょうか。

条文上は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」が起算点として規定されていますが、具体的には、被相続人が死亡した事実を知って、かつ、自分が相続人になったことを認識した時が3か月の熟慮期間の起算点となります。

このことから、相続人が複数いる場合には、起算点は別々となることもあります。

周辺知識となりますが、相続の承認又は放棄は、相続開始前すなわち被相続人の死亡前にはできないとするのが判例です。これは、法律上その権利が具体化されていないなどの理論上の理由をあげる見解が多くみられますが、借金を相続人に負わせたい債権者や相続放棄をさせて自分の相続分を増やしたい他の相続人又は後順位の相続人からの過分の圧力から相続人をまもるという妥当な判断が示されたものといえるでしょう。

また、被相続人Aの法定相続人Bが相続の承認又は放棄をせずに死亡した場合、Bの法定相続人Cは第一の相続と第二の相続を同時になすことができます。これを再転相続といい、CはBの相続を放棄できるのが原則です。しかし、CがBの相続を放棄していない場合には、Aの相続を放棄することができ、また、その後にBの相続を放棄しても、Bの相続の放棄によってCは遡ってBの相続人でなくなり、そのことによってAの再転相続人でもなくなるという放棄の遡及効は理論上貫かれず、再転相続人たる地位に基づいてAの相続につきした放棄の効力が遡って無効になることはありません。

なお、相続の承認又は放棄を単独で行うには判断能力が不十分である未成年者及び成年被後見人についての起算点は、その法定相続人が相続の開始があったことを知ったときとされ、未成年者及び成年被後見人の保護が図られています。

ここで、少し細かい知識ですが、保佐人については第917条の規定の適用はありませんが、相続人が承認又は放棄を為すには通常の財産法上の行為能力が必要であることから、保佐人の同意を得たうえで被保佐人本人がすることとなります。

相続の単純承認について

民法(抜粋)

(単純承認の効力)
第920条 相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。


(法定単純承認)
第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

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では、相続の承認及び放棄について、相続の単純承認、限定承認、放棄を順を追って解説していきたいと思います。

まず、相続の単純承認についてですが、相続の単純承認とは、相続人が被相続人の権利義務を無限に相続することをいいます。

相続の単純承認の意思を表示すると、熟慮期間が残っている場合でも、もはや限定承認や放棄はできず、相続人は無限に被相続人の権利義務を相続することとなりますが、意思表示が無い場合にも、以下の場合には単純承認をしたものとみなされる(法定単純承認)ため注意が必要です。

①相続財産の全部又は一部を処分した場合

処分には、法律行為のみでなく破壊等の事実行為も含まれますが、相続開始を知らないで処分した場合は該当しません。

②熟慮期間内に限定承認又は放棄をしない場合

③限定承認又は放棄の後で相続財産の全部又は一部を隠匿し、私に消費し、悪意で相続財産の目録中に記載しなかった場合

「相続財産」には、消極財産(負債)も含まれることに注意が必要ですが、これらの行為をした相続人が放棄したことによって相続人となった者が相続の承認をした場合には、単純承認とみなされることはありません。

相続の限定承認について

限定承認とは、相続財産の限度でのみ相続債務・遺贈を弁済することとして相続を承認することをいいます。

相続人は、本来、相続債務について無限に責任を負いますが、限定承認制度は、過大な債務の承継から相続人の利益を守るため、相続人による相続債務の責任を、相続財産を限度とする有限責任に転換する手段を相続人に与えるものです。

民法(抜粋)

(限定承認)
第922条 相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。


(共同相続人の限定承認)
第923条 相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。


(限定承認の方式)
第924条 相続人は、限定承認をしようとするときは、第九百十五条第一項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。

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では、限定承認の手続きや要件についてみていきましょう。

まず、その要件についてですが、単純承認や放棄と異なり、複数の相続人がいる場合、限定承認は共同相続人全員が共同でのみおこなうことができます。これは、相続財産の範囲内でのみ相続債務の弁済を行うという煩雑な手続きを可及的に平明にするために民法が要求するものいえます。

相続人全員という要件が付されていることから、複数の相続人のうち誰か一人でも単純承認をした場合には限定承認を選択することができなくなりますが、上述の法定単純承認がいずれかの相続人に認められる場合にもすることができなくなることに注意が必要です。なお、共同相続人のうちに相続放棄をした者がいる場合には、放棄をした者は初めから相続人ではなかったこととなるため、放棄した者を除く全員で限定承認を行うことが可能ですが、相続放棄によって新たな次順位の相続人などの新たに相続人となる者がいる場合にはその者を含めて限定承認を行わなければならないことに注意が必要です。

次に、その方式についてですが、3か月の熟慮期間内に家庭裁判所に申述しておこなうべきことが定められています。

愛着のある遺品や住み慣れた住居を相続しつつ、相続人にとって過大な債務の負担を抑えることが可能である限定承認は、そのメリットも大きいかと思いますが、家庭裁判所への手続きなど多くの労力も必要となることから、限定承認を行う際には司法書士などの専門家に相談することも検討されればと思います。

相続の放棄について

民法(抜粋)

(相続の放棄の方式)
第938条 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。


(相続の放棄の効力)
第939条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

→e-Gov法令検索(民法)

相続の放棄とは、自己のために開始した不確定な相続の効力を確定的に消滅させることを目的とする意思表示をいいます。

主に、被相続人が債務超過である場合に、相続人が不利益を回避することを目的として利用される制度です。

その方式については、限定承認と同様に家庭裁判所への申述、その受理審判によって効力を生じますが、放棄は各相続人が単独で行うことができる点で、相続人全員が共同して行うことが必要な限定承認と異なります。また、相続の放棄には、「相続債権者が利息を放棄してくれない場合には、放棄する。」など、条件や期限を付すことはできません。

なお、この相続放棄も私法上の意思表示であることから、「やっぱりやめた」というような撤回は許されませんが、詐欺や強迫による場合には取消も可能となります。

その他、少々細かな論点となりますが、例えば、多額の借金を負った相続人Bが、資産家Aを相続することとなった場合に、相続放棄をしたり、遺産を一切受け取らないという内容の遺産分割協議をした場合、Bが法定相続通りに相続財産を受け取っていれば、借金の返済を受けられたであろうBの債権者に取るべき手段は無いのかという点については、債務者が財産を故意に逸失したり債権者を害する行為を行った場合に、債権者がこれを取り消すことを認める「詐害行為取消」制度が存在します。ここでは、この詐害行為取消の対象に相続放棄や遺産分割協議がなるのかという点が問題となりますが、結論を申し上げると、遺産分割協議は財産法上の行為であるため対象となり得るが、相続放棄は身分法上の行為であるため詐害行為取消の対象とならないというのが判例の立場です。

最後に、相続の放棄の遡及効、効力が相続開始時にさかのぼる点について解説します。

この遡及効があることによって、相続の放棄をした相続人は最初から相続人でなかったものとして扱われます。限定承認の際にも放棄をした相続人を除く相続人全員で限定承認すれば足りますし、法定相続割合についてももちろん放棄をした者を除いて計算されます。

また、遺産分割協議にも、同じく相続開始時に遡及する効果が認められますが、例えば、相続人Aが相続開始後遺産分割協議前に共同相続で得た甲不動産の持ち分1/2に乙銀行の抵当権を設定し、その後遺産分割協議により甲不動産は相続人Bが相続することとなった場合、抵当権の登記をした乙銀行は、遡及効の例外として第三者保護規定の適用を受けることができます。これに対して、相続放棄の遡及効は絶対的とされ、遺産分割協議の場合のような第三者保護規定は存在しません。なお、上述の「相続の承認又は放棄をすべき期間」の項で紹介した再転相続の際の2つの相続の放棄は、放棄の遡及効の数少ない例外であろうといえます。

まとめ

本稿で解説した相続の承認、限定承認、放棄の判断を行うには、相続開始後、相続人を確定し、相続財産の調査を行うことが必要になります。ただし、熟慮期間が3か月と定められることから、戸籍を取得し、どこに相続不動産があるのか、どの銀行に預金があるのか、株式など有価証券は所有していたのかなど調査し、また、金融機関や個人からの負債はなかったのか、はたまた第三者の保証人などになっていなかったのかなどを相続人が確認するには、大変な労力が必要となります。

また、相続の放棄などは相続財産の承継を放棄するものであり、相続財産とはされない故人ゆかりの財産は相続の放棄をしても受け継ぐことが可能ですが、ではこの相続財産の範囲は法律上どのように定められているかを調べる必要もでてきます。

相続財産の範囲については別稿(「相続財産の範囲と相続税の対象財産の範囲の異同を、高知の行政書士が解説。」)でご紹介していますが、相続の承認又は放棄の検討が必要な場合などは、専門家に相談されることも検討してみてはいかがでしょうか。

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この記事の執筆者

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弊所は、高知県高知市中心部にて相続、遺言、後見といった家族法関係の専門事務所として、主に個人のお客様からのご相談に対応させていただいております。

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行政書士ライフパートナーズ法務事務所
代表行政書士 宅地建物取引士 森本 拓也

高知県行政書士会 会員(登録番号 第25381973号)

宅地建物取引士登録番号(高知)第005010号

Profile

 1993年3月

  高知県立追手前高校   卒業

 1993年4月

  立命館大学産業社会学部 入学

イギリス留学を経て、行政書士資格取得後公務員として約20年勤務した後、行政書士ライフパートナーズ法務事務所開設。