相続により承継される財産については、被相続人の一身に専属した財産を除き、すべての権利が相続人に承継されるとされていますが、ここでは、具体的にどの財産が相続財産とされるのかその性質上の論点についても触れながら解説します。
相続の一般的効力について
相続される財産と相続されない財産を区別するには、まず、相続の効力について理解する必要があります。
民法(抜粋
(相続の一般的効力)
第896条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
民法は、相続による権利の承継が包括承継であること、つまりこれまで被相続人が主体であったすべての法律関係が、相続によって相続人にその担い手を変えるという基本原理を示しています。
このうち、例外として示される「一身に専属したもの」とは、被相続人その人にだけ帰属し、相続人に帰属することができない性質のもの、すなわち被相続人だけが享受し得る権利、被相続人だけが負担すべき義務を指し、帰属上の一身専属権をいいます。
「一身専属権」としては、委任契約上の権利義務や扶養請求権があげられますが、扶養請求権においても、扶養義務の内容が具体的に確定し且つ履行期が到来したものは、通常の金銭債権と異ならず、相続の対象となると解されています。
以下では、その相続性が問題となる権利をいくつか紹介したいと思います。
占有権の相続について
占有権とは、法律上の根拠や権原の有無にかかわらず、物を自己のためにする意思で事実上支配する状態について与えられる法的保護をいいます。
所有権や賃借権など法律上の権利とは別に保護の対象となる権利であり、他人の土地を自己のものだと思い込み、占有を続けた者に認められる時効取得や、他者にその占有を奪われたときに認められる占有回収の訴えなどに占有権の法律上の保護がみてとれます。
では、相続における占有権の承継が認められるか否かについて、これがどのような場面に問題となるかですが、時効取得の場面がその典型でしょう。土地を自己の所有だと信じて5年間占有した被相続人と、その死後に5年間占有した相続人の占有が相続により引き継がれるとされ、10年の短期取得時効が認めれるか否かといった場合です。
占有は事実状態であり、占有者の死亡とともに占有権は消滅するという説も存在しますが、判例・通説は相続により占有権も承継されるとします。相続は、もともと被相続人の法的地位を承継するものであるから、占有者としての被相続人の地位もそのまま相続人に承継されるというのがその根拠であり、相続人の所持も問題としないとするのが判例です。
ここで少し踏み込んで、占有権が承継されるとして、相続人が自己固有の占有と相続した被相続人の占有を選択して主張できるかという論点を紹介します。例えば、他人の土地だと分かったうえで被相続人が占有を開始し、5年を経過した後に死亡した場合、相続によりその土地の所有権も相続したと信じた相続人は、自己の占有を選択し善意10年の占有をもって時効取得を主張できるのか、それとも相続人から承継した悪意の占有のみを主張することしか許されず、5年プラス15年の合計20年の占有を継続しなければ時効取得を主張することができないのかというような事例で問題となります。判例・通説は、自己の占有を選択することを認めています。
借家権の相続について
まず、借家権(建物賃借権)も財産権として相続人に承継されますが、法律の規定を機械的に適用する場合、被相続人と同居していたのが内縁の妻であったときには、家主や相続人からの明渡請求により内縁の妻は住居を失うという不都合を生じます。
そこで、その保護をいかにして図るかが問題となりますが、家主からの請求には相続人の賃借権を援用して、相続人からの請求には権利濫用を主張して、内縁の妻は住居の明渡しを拒むことができるとするのが判例の立場です。
不法行為による損害賠償請求権の相続について
不法行為による損害賠償請求権の相続性については、被相続人の生命侵害による財産的損害(逸失利益)と生命侵害による慰謝料請求権の相続性に関する問題が特に重要です。
この2つの損害賠償請求権については、被害を受けた死者自身が逸失利益を請求する権利を取得することはあり得ない、また、生命侵害による苦痛を死者が感じることはないとの根拠により、相続性を否定する見解もありますが、判例はいずれも相続を肯定します。
判例によれば、生命侵害による財産的損害(逸失利益)及び慰謝料請求権は、ともに被害者である被相続人自身に賠償請求権が一旦帰属し、それを相続人が相続するとされます。
無権代理と相続について
無権代理に関しては、無権代理人が本人を相続した場合、本人が無権代理人を相続した場合、本人と無権代理人の双方を相続した場合にそれぞれ、本来本人に認められる追認拒絶が認められるのかという論点が存在します。
代理権がないのに本人の代理人であると称する者が、あたかも代理人のように、本人に効果が帰属するような契約を第三者と交わした場合、例えば本人所有のクラシックカーを第三者に1000万円で売るというような売買契約を無権代理人が結んだ場合などがあげられますが、このような場合、本来効果が本人に帰属しないことを前提としたうえで、本人には無権代理行為を追認してクラシックカーを売る選択もできますし、売らないとして追認を拒絶することも許されるのが原則です。
では、無権代理人が本人を相続した場合、本人が有する追認拒絶権を無権代理人が主張することは許されるでしょうか。答えは否です。これは道義的に許されるかどうかという観点から考えれば当然といえるでしょうが、一点だけ、相続人が他にもいた場合には、相続人全員が無権代理行為を追認しない限りは無権代理による法律行為の効力は生じないとされ、他の相続人の保護が図られる点に注意が必要です。
このように無権代理と相続については、誰に保護を与えるべきかという観点から結論が導かれ、本人が無権代理人を相続した場合は本人保護の観点から追認拒絶が認められるとするのが判例です。
最後に、まず無権代理人を相続し、次いで本人を相続した場合の帰結ですが、こちらは少し技巧的となり、無権代理人が本人を相続した場合と同様とするのが判例の立場です。その逆の判例は存在しませんが、技巧的に処理するなら本人が無権代理人を相続した場合と同様の帰結を導くのがスジといえるでしょう。
以上、クラシックカーを1000万円で手放さなければならないかという観点から、追認拒絶ができるかどうかについて解説しましたが、無権代理人としての責任、具体的には損害賠償責任や代金返還の責任については、相続を放棄するなどしない限り、免れることができないという点について注意が必要です。
他人の権利の売主の地位の相続について
まず、民法は、他人の権利であっても、それを取得し売却するという形態の取引を念頭に他人物売買も有効であると規定しています。
民法(抜粋)
(他人の権利の売買における売主の義務)
第561条 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。
他人の権利の売主を、その権利を有する者が相続した場合、上述の無権代理人を相続した本人と同様、権利を有する者は、信義則に反するような特別の事情の無い限り、売主としての義務の履行を拒絶することができるとするのが判例です。
まとめ
以上、相続性について注意を要する権利について概観しましたが、民法の明文で相続財産から分離されて承継される祭祀財産や相続人や第三者の固有の権利であるとされる死亡保険金等を除き、被相続人の一身専属権以外の財産は基本的に相続されるとして把握する必要があります。そして、相続案件を処理するにあたっては、内縁の妻への借家権の保障など、被相続人の権利の性質と承継が保障されるべき者の被相続人との関係性等に鑑み、総合的な判断がされる場合があることを押さえておくことも重要です。
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行政書士ライフパートナーズ法務事務所
代表行政書士 宅地建物取引士 森本 拓也
TAKUYA MORIMOTO
宅地建物取引士登録番号(高知)第005010号
Profile
1993年3月
高知県立追手前高校 卒業
1993年4月
立命館大学産業社会学部 入学
イギリス留学を経て、行政書士資格取得後公務員として約20年勤務した後、行政書士ライフパートナーズ法務事務所開設。