高齢化の進展する日本社会において、高齢者の意思決定を支援する社会インフラとしての後見、任意後見、その他サポートに関し、その支援機関(後見人や任意後見人)が知見を有しておくべき法的知見について、後見等、人の法律上の行為能力を制限する民法上の規定の解説は別稿(→権利能力・意思能力・行為能力)にて行いましたが、本稿では、後見人等が就任してから被後見人等が行った契約等の法律行為において問題解決の前提基礎となる意思表示の瑕疵等について解説をしておきたいと思います。

なお、成年被後見人については、そもそも、行為能力の制限としての民法規定が作用するため、被後見人の意思表示の瑕疵の有無を論ずるまでもなく、制度的取消権が後見人に与えられてはいますが、任意後見においては任意後見人に取消権が無い以上、本人の取消権を代理行使するという場面で以下解説する瑕疵ある意思表示についての知見が必須の素養といえるでしょう。また、成年後見人においても職務遂行の前提としては非常に初歩的ではあるものの必須の素養となることは言うまでもありません。

では、意思表示に瑕疵がある場合を民法はどのように規定し、それぞれどのような効果が生じるのか、順を追ってみていきましょう。

瑕疵ある意思表示

意思表示とは、一定の法律効果の外部への表明をいい、法律要件の構成要素である法律事実の一つです。詳しくは、別稿(→権利能力・意思能力・行為能力)をご覧ください。

では、この意思表示に瑕疵があるとは、どういう場合をいうのでしょうか。意思表示の過程のいずれかに不完全言い換えればキズがある場合をいいます。

まず、意思表示は、このパンはおいしそうだから食べたいと思う①「動機」の段階、このパンを買おうと思うという②「内心的効果意思」の段階、このパンをくださいと言おうと思う③「表示意思」の段階、このパンをくださいと言う④「表示行為」の段階を経て完結するものです。

ただし、法理論上、意思表示を形成するのは②「内心的効果意思」以降であって、①「動機」は意思表示の前提をなす理由にすぎないとして扱われます。この点は、後に解説する錯誤に関する論点に影響します。

これら、一見単独の要素で構成されるようにも見える法律行為の過程を分解してそれぞれの事例にあてはめることが行為の不尾的評価には重要であり、後見人等の意思表示における瑕疵の評価能力に直結する素養といえます。

そしてこれら②内心的効果意思、③意思表示、④表示行為のいずれかに瑕疵がある類型として、民法には、心裡留保、虚偽表示、錯誤、詐欺・強迫による意思表示が条文上規定されています。

心裡留保について

心裡留保(民法第93条)とは、表意者が真意ではないことを知りながらする意思表示をいいます。

具体的には、まったくそのつもりが無いにもかかわらず、「この車をあげるよ」などという場合が挙げられます。だまそうとしている場合もあるでしょうし、相手方も嘘だと気づくだろうと思って言う場合もあるかもしれませんが、民法このような場合に心裡留保による意思表示を受けた相手方を保護するために、心裡留保による意思表示を原則有効としつつ、相手方が悪意(=知っている、分かっている)又は有過失の場合は相手方を保護する必要が無いことから無効とすることとしています。

ただし、①相手方の無い意思表示の場合は、常に有効となること、②婚姻や養子縁組など、表意者の真意によって為されるべき身分上の法律行為には適用が無く、常に無効とされること、③株式の申し込みなど団体的行為については、画一性担保の要請から、常に有効とされるなど、例外が存在することにも留意しておく必要があります。

また、少し踏み込んで、1000万円の自動車を所有するAが冗談で、100万円でBに売り渡し、事情を知らないCに売り渡した場合、BはAが真意ではないことを知っていたためAB間の売買契約が無効であることを理由として、AはCに対して所有権を主張できるか。というような事例については、後述民法第94条第2項の類推適用によって善意(知らない)第三者であるCを保護すべきとするのが通説です。

任意後見人等は、本人が第三者としてこのような瑕疵ある意思表示に巻き込まれた場合、当事者の無効主張を封じ、また、本人が表意者の相手方として瑕疵ある意思表示にかかわった場合には、その態様をよく吟味し対応することが求められます。

虚偽表示について

虚偽表示とは、相手方と通謀してなす真意でない意思表示をいいます。

例えば、債権者からの強制執行を免れるために、債務者Aが知人Bと結託して、Aの土地をBが買ったことにして、土地の所有権をAからBに移すというようなことが想定されますが、これは民法第94条の虚偽表示の規定により当事者間で無効とされ、善意の第三者に対してのみ無効であることを対抗できないとされます。

この規定をみると、Aの債権者は通謀の当事者からみると第三者にあたるのではないかととも取れますが、そうではなく、民法第94条の第三者とは、当事者の虚偽表示を前提として新たにその法律関係にはいった者と解されていることから、Aの債権者は第三者にはあたらず、AB間の虚偽表示は原則どおり無効であることを主張して、A所有の土地に強制執行を行うことが可能となります。

第三者保護規定が適用される具体例としては、虚偽表示でBに所有権が移ったような外観を信頼してBから善意でその土地を買い受けたCに対しては、AもBも、虚偽表示が無効であるので土地の所有権はAのままであって、無権利者Bから所有権を買い受けたCには権利が無いという主張ができないという結論となります。保護すべき者が保護されるという妥当な結論を導く規定が、第94条第2項に置かれています。前述の心裡留保の第三者にも類推適用されるとするのが通説です。

また、心裡留保と同じく、①債務免除など相手方のある単独行為、②遺言など相手方のない単独行為、③真実の意思を尊重すべきことから身分行為については第三者保護規定もなくすべて無効、④要物行為について適用あるとするのが通説など留意する点があります。

そして、もう少し踏み込んで、第94条第2項によって保護される第三者からさらに土地を譲り受けた転得者が、虚偽表示について悪意であった場合、その悪意の者も土地を有効に取得できるかという点について、保護を受けられるか否かは個別に判断されるべきとする相対的構成も主張されてはいますが、一旦保護されるべき第三者が出現した場合、悪意の転得者が現れた場合であっても、一律に法的帰結を決すべきであるとする絶対的構成が判例・通説の立場です。

通謀が無いものの虚偽の概観が作出され、それを信頼して法律関係に踏み入れた第三者にも、権利外観法理として虚偽表示類似の効果を認めるのが通説です。任意後見人等には、本人が虚偽表示の第三者となる場合のみならず権利外観法理の適用があるような場合には、これらの規定・法理を十分理解した上、本人保護のため職務を遂行することが求められます。

さいごに虚偽表示の成立要件について注記しておきます。①第三者からみて意思表示たる価値ある外形が存在すること、②表意者の表示上の効果意思と内心的効果意思が符合しないこと、③表意者が意思と意思表示との不一致を知っていること、④真意と異なる表示をすることについて、表意者と相手方が通謀することのすべてを満たす場合、虚偽表示の規定が適用されます。

錯誤について

錯誤とは、表示行為から推測される意思(表示上の効果意思)と内心的効果意思とが一致しない意思表示であって、その一致しないことを表意者が知らない場合をいいます。

例えば、鶏肉を買いたいと思って、「豚肉をください。」と言ってしまった場合などが挙げられます。錯誤による意思表示の相手方が善意無過失である場合を除いて、表意者は取り消すことができます。近年の民法改正前までは、表意者に重過失が無い限り、錯誤無効の主張が誰に対してもできるものとされていましたが、改正により相手方・第三者保護が図られました。

また、錯誤においては、意思表示の基礎の部分である動機に錯誤がある場合、それが意思表示の際に示されていた場合のみ取り消しが可能となります。例えば、近くに駅ができるから土地を買おうとした場合、駅はできないとすると駅ができるという点について錯誤があるということになりますが、この点が表示されてない限り錯誤による取り消しを主張することができないということになります。意思表示のみをみた場合、土地を買おうという効果意思にもとづいて土地を買うと表示したわけですから意思表示に瑕疵はないと言い得ることとなりますが、「駅ができるからこの土地を買う」と相手方に表示し、相手方が駅はできないと知っていたような場合は表意者をほごしようということです。

ほか、錯誤と言い得るためには、法律行為の「要素」に錯誤があることが必要です。この「要素」とは、簡単に言えば重要な部分である。この点に錯誤がなければ意思表示自体をしなかったであろう、または違う意思表示をしたであろうという程度に重要である必要がある。1000円の商品を999円であると認識し「買う」と言った場合、1円の誤差を理由に錯誤取り消しを主張することはできない。

任意後見人等には、本人が錯誤など瑕疵ある意思表示を行った場合、どの点に錯誤があり、それが民法上に規定される錯誤に該当するかどうかを判定できる素養が必要であるといえるでしょう。

詐欺及び強迫について

詐欺とは、欺罔行為によって人を錯誤に陥れ、それによって意思表示させることをいいます。

例えば、Aが、実際には駅はできないのに、「近々駅ができることが決まっており、瞬く間に値が上がる」と言って土地を高値でBに売却した場合などが該当します。

また、強迫とは、他人に畏怖を与え、かつその畏怖によって意思を決定、表示させようとして害悪を告知する行為をいいます。

詐欺も強迫も、意思表示を取り消すことができますが、詐欺の場合には善意無過失の第三者に対して取り消しを対抗する(主張する)ことができません。

詐欺・強迫には多数の論点がありますが、詐欺の要件として、欺罔行為は社会通念に反する態様であることを要し、これに至らない場合は欺罔行為とは言えず詐欺取り消しもできないという点、詐欺と意思表示に因果関係があることが必要です。

任意後見人等には、上記のほかの論点も踏まえ、本人が詐欺・強迫にあった場合には、適切に取消権を行使し得るよう職務を遂行することが求められます。

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この記事の執筆者

弊所は、高知県高知市中心部にて相続、遺言、後見といった家族法関係の専門事務所として、主に個人のお客様からのご相談に対応させていただいております。

高齢化の進む日本社会において、特にその進行が顕著な本県にあっては、弊所の提供サービスは社会インフラとしての価値をも有するものとの自負のもと、すべての人が避けて通ることのできない死の前後において、人の尊厳を守り、そのバトンを後世に繋いでいただくための支援に力を尽くしていきたいと考えております。

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行政書士ライフパートナーズ法務事務所
代表行政書士 宅地建物取引士 森本 拓也

Profile

 1993年3月

  高知県立追手前高校   卒業

 1993年4月

  立命館大学産業社会学部 入学

イギリス留学を経て、行政書士資格取得後公務員として約20年勤務した後、行政書士ライフパートナーズ法務事務所開設。