管理責任を明確にする民法改正

改正前民法(抜粋)

(相続の放棄をした者による管理)

第940条 相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。

2 第六百四十五条、第六百四十六条、第六百五十条第一項及び第二項並びに第九百十八条第二項及び第三項の規定は、前項の場合について準用する。

2023年4月施行 改正民法(抜粋)

(相続の放棄をした者による管理)
第940条 相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
2 第六百四十五条、第六百四十六条並びに第六百五十条第一項及び第二項の規定は、前項の場合について準用する。

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相続放棄をした者が負う相続財産の管理責任については、民法940条第1項に規定されていますが、上記のとおり、民法改正がおこなわれ、現行規定は2023年4月から施行されています。

改正前の規定では、相続放棄をした者は、いかなる相続財産であっても、相続放棄によって相続人となった者が管理を始めることができるまでその財産を管理することが義務付けられ、例えば、相続放棄をしたことによって相続人が存在しなくなった場合には、相続財産管理人(現行の相続財産清算人)の選任が家庭裁判所に申立てられることがなければ、その管理責任を延々と負い続けるという状況に置かれることがありました。

さらに、「その放棄によって相続人となった者が」という規定からは、現に相続財産管理人が就任した後にあっても相続の放棄をした者の管理責任が継続するかのような解釈が成立し得るという状況にもあり、2023年4月施行の改正民法では、相続を放棄した者が管理権限を負うべき財産を、相続財産のうち、放棄の時に「現に占有」している財産に限定すること、及び、相続財産清算人が選任された場合には当該財産を清算人に引き渡すまでの間その財産を「保存」すべきとして管理責任を負う期間を限定することが条文上明記されることとなりました。

「現に占有」とは

ここでいう「現に占有」とは、民法に規定される占有権と同じく、現実の物の把持までを要求するものではなく、例えば、相続財産に属する居宅を第三者に貸与している場合など、間接占有と評価される場合も含むと考えるのが妥当であろうといえます。

一方、時効取得の観点から論点となる占有権の相続性の説明において語られる場合の占有権には、その物を相続人が把握しない場合も含まれますが、現実の問題として、法が相続の放棄をした者に管理責任を負わせる類型としては、その存在を把握もしていない物に対してまで相続による占有権の一旦の取得を理由として管理責任を負わせるのはあまりに酷であり、「現に占有」とは、現実の把持まで要求しないまでも、相続財産に属する当該物の存在を認識したうえで、自己のために管理する意思をもって支配している物と定義することが立法者の意思に沿うものでないかと私は考えます。ただし、この点については、今後の判例の動向を注視する必要はあろうかと思います。

「保存しなければならない」とは

民法第940条第1項にいう「保存」とは、相続の放棄をした者が現に占有する相続財産に含まれる物については、相続人又は清算人に引き渡すときまで相続の放棄をした者がその物の財産的価値が毀損しないよう、管理するべきことをいうものと解されます。

また、その「保存」言い換えると「管理」は、「自己の財産におけるのと同一の注意をもって」為せば足りると規定されていることから、その物の性質により一般的に想定される自然な減耗などについては管理上許容されるべきものといえるでしょう。

以上は、相続人又は清算人に対しての引継ぎにおける管理責任ですが、第三者に対して損害を与えてはならないという視点からの管理責任についても多くの人が気にかかる点だと思います。

第三者に対する責任について

相続の放棄をした者が現に占有する財産について第三者に対する管理責任が問題になる場合の典型例としては、空き家やその敷地の塀が地震や台風で倒壊などした場合に第三者にケガをさせてしまった又は第三者の自動車(財産)を毀損してしまった場合に、相続の放棄をした占有者の管理の瑕疵に起因するものとして、第三者が損害賠償を請求し得るか、すなわち相続の放棄をした占有者が損害賠償責任を負うのかというような場合が挙げられるかと思います。

このような場合の解釈としては、条文上、特に特殊な要素は見当たらず、民法の一般則通り、第三者の負った損害に対して、自己の所有又は占有する財産の管理に瑕疵があった場合にのみその責任を負うと解釈するのが妥当であるといえるでしょう。 

そして、損害を与えた物が土地の工作物である場合には、一般則の例外を規定する民法第717条が適用され得るということになりますが、以下に示す通り、占有者が責任を負うのは管理に瑕疵があるすなわち過失がある場合のみであるが、占有者が責任を負わない場合その工作物の所有者は無過失責任を負うとされます。しかし、相続の放棄をした者は、現に占有する物に管理責任を負っているものの、所有者ではないことから、民法717条の所有者に関する規定を適用又は類推適用するには理論上少々の無理があるでしょう。ただし、社会的妥当性の見地からこれらの規定が類推適用されないとも限りませんので、この点については留意が必要でしょう。

民法(抜粋)

(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
第717条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
2 前項の規定は、竹木の栽植又は支持に瑕疵がある場合について準用する。
3 前二項の場合において、損害の原因について他にその責任を負う者があるときは、占有者又は所有者は、その者に対して求償権を行使することができる。

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まとめ

以上、相続の放棄をした者が現に占有・管理する相続財産に属する物の管理責任についてみてきましたが、ここにいう物については、単に、他の相続人又は清算人に引き渡すだけの物のみでなく、財産的価値を保ったまま管理されたうえ清算人に引き渡され、ひいては相続債権者の引き当て財産となるべき物も含まれます。ゆえに、改正前民法の時代から相続の放棄をした者にまでその管理責任を負わせていたのですが、今回の民法改正によってその対象物が限定され、対象期間も明確になったといえるでしょう。

実務上も今回の改正により、スッキリしたとも感じられますが、相続放棄があった後の相続財産に関する論点は、本稿の管理責任だけではないため、一般の方が対応される場合には、専門家に相談することを検討してみてはと思います。

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この記事の執筆者

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行政書士ライフパートナーズ法務事務所
代表行政書士 宅地建物取引士 森本 拓也

高知県行政書士会 会員(登録番号 第25381973号)

宅地建物取引士登録番号(高知)第005010号

Profile

 1993年3月

  高知県立追手前高校   卒業

 1993年4月

  立命館大学産業社会学部 入学

イギリス留学を経て、行政書士資格取得後公務員として約20年勤務した後、行政書士ライフパートナーズ法務事務所開設。